#184 2009/10/16(金) 戸隠山 1,904m 日本200名山
天照大神(あまてらすおおみかみ)が天の岩屋に隠れてこの世は闇、天錮女命(あめのうずめのみこと)が妖しい舞を舞うとそこはお好きな天照大神、そっと岩戸を少し開けて覗き見る。この時とばかり天手力男命(あめのたぢからおのみこと)が岩戸を開けて投げ飛ばし、落ちたところを戸隠と名付けた。大したものだぜ天手力男命。なにしろ橿原の宮と云えば日向の国。つまり宮崎から長野まで岩戸を放り投げたのだから。その天手力男命が祀られているのが戸隠奥社なんだとさ。
今日も晴れ、朝は寒いが心は熱い。中社の旅館の主人に車で送られて奥社入口に着く。今年の紅葉はあまりよくないと主人は言う。2度の降霜で葉が縮み、そのまま枯れてしまったそうだ。奥社までは2km、真っすぐな参道が続く。随神門を過ぎると見事な杉並木が続く。樹齢400年。立札によると、戦国時代には疲弊した戸隠山顕光寺も、徳川幕府からは碌を賜り、杉を植樹して威容を整えたという。参道の終わりは長い石段を上る。社務所の下、左手に戸隠山の登山口がある。
濡れた土の急斜面にうんざり。木の根や笹に掴まって下部尾根に上がる。そう云えば、昨夜は宿のトタン屋根を搏つ雨音がした。尾根道は紅葉の樹林。左手は峻嶮な西岳の峰、右手には峨峨たる表戸隠の峰。断崖に張り付く紅葉。見上げる峰々を覆う雲。絶景に思わず息を呑み、あの絶壁の上を歩くのかと思うと愕然とする。尾根は岩壁の基部に突き当たる。右には岩をえぐった50間長屋、かつての行場跡だという。道標に従って岩壁を左に巻くと今度は百間長屋がある。
五十間長屋から見る戸隠の絶壁 | 蟻ノ戸渡、剣ノ刃渡 |
さあお客さん、引き返すなら今のうちだよ。赤岩の崩壊地、ついで西窟を足早に通過する。これから鎖に鎖を乗り継いでいっきに高度を稼ぐ。まずは涸沢のような斜面を上って天狗の露地。足元は千仭の谷、落ちれば奈落の底。だが忍び寄る霧が谷間を隠し恐怖感を殺いでくれる。見返り岩を上り次は胸突き岩。これは手強い。垂直に近い15mを上ると鎖が尽きて吃驚。すぐ右に水平に張られた鎖がある。足場を探って岩壁をトラバース。やっと丸と矢印が描かれた岩に辿り着く。
蟻の戸渡は両側が200mも切れ落ちたナイフエッジ。巾20cmの凸凹した岩が20mほど続く。難所を渡るには技術も経験もいらない。度胸とバランス感覚があればいい。僕にはそれがない。引き返したいがあの鎖場は下りたくない。前門の狼、後門の虎。とても立っては歩けない。誰も居ないのはこれ幸い、岩に跨るが遅々として進めない。仕方なく這ってそろりと進む。その途中、右下から斜め上に張られている鎖を見つける。恐々と10mほど伝い下り、鎖を掴んで渡り終える。
次は剣の刃渡。巾が狭く長さ5mほどにすぎないが、鎖も巻き道もない。命あっての物種。格好悪いがまた四つん這い。弱った、岩の傾斜が下がって行く。やっと通過。チムニーを鎖に縋って八方睨(にらみ)に登りつく。蟻の戸渡を見下ろせば、折から若いカップルが渡りだした。驚いたことに両手を水平に挙げ、立ってすいすいと歩き、互いに写真を撮り合っている。この人達とは戸隠牧場まで相前後することになる。その後に続くもう一人。僕と全く同じ渡り方を見て変に安心する。
八方睨、山位同定盤がある 岩塊の下は絶壁 | 屏風岩、山道は左から巻いて上る |
八方睨は表戸隠の西端の岩峰、山位同定盤がある。すぐそこに西岳、鋭鋒の高妻山、眼下に奥社、その遥か先にゆったりとした山体の飯縄山。八方睨から一不動までの稜線歩きは緊張を強いられる長い道のり。稜線の左側に入れば笹藪だが右側に出れば大絶壁の縁を歩く。会話しながら尾根歩きをしていた夫婦、ふと途絶えた亭主の声。妻が振り返ると亭主の姿が消えていたという。さて西岳に背を向けて八方睨を下り、上り返せば戸隠山。ここで小休止、軽食を摂る。
稜線上にいくつもの鉄柵が建つ。稜線の雪が雪崩れて過去に何度も奥社を破壊したそうな。その防止柵だという。小峰を上り下りして樹木に囲まれた九頭竜山。下りの急坂に要注意。濡れた黒土や岩は滑って転んだら後はない。柱状節理の屏風岩が現れる。大岩壁を彩る紅葉。壮観。前方に立ちはだかる岩壁。10mには満たないが垂直に近い。鎖がない。蝉のように張り付いて岩を上りきる。山道は下りになる。シラビソやダケカンバの林を降ると待望の一不動避難小屋に着く。
下山路は大洞沢を下る。大石が累々と積まれた涸沢をぎこちなく下る。一杯清水の水場は喉を潤す湧水。ここが大洞沢の源頭部。水の中を歩き、幾度も沢を渡り返し、沢沿いのぬかるみに足をとられる。下る山道も最後まで楽をさせてくれない。足がかりのない鎖場、湿った帯岩のトラバース、2連の鎖で降る滑滝。残り少ない寿命がまた縮む。戸隠牧場に入る。振り向けば紅葉の山。馬糞臭がなければ別天地。冷たいミルクを飲むと生き返った心地がする。さようなら、錦繍の山。
晴のち曇り 中社に前泊 単独行 歩行距離=9km 歩行時間=6時間
中社宮前6:50⇒(旅館の車で送ってもらう)⇒7:00奥社
奥社入口7:00→7:30奥社7:35→8:30百間長屋→9:10蟻ノ戸渡→9:35八方睨み9:50→10:00戸隠山10:20→10:50九頭龍山→12:15一不動12:20→13:35戸隠牧場13:45→13:55戸隠キャンプ場
戸隠キャンプ場前14:23⇒(川中島バス)⇒15:26JR長野駅