中古文学の名歌名場面


『とりかへばや物語』 春の巻(進藤重之)
※引用は『とりかへばや物語 全訳注』 桑原博史 (講談社学術文庫)
 また、括弧内の片仮名はこちらでつけました。



<本文>

 君達の御容貌の、いづれもすぐれ給へるさま。ただ同じものとのみ見えて、取りも違へつべうものし給ふ。同じ所ならましかば不用ならましを、所々にて生ひ出で給ふぞ、いとよかりける。
 おほかたはただ同じものと見ゆる御容貌の、若君は、あてにかをり気高く、なまめかしき方添ひて見え給ふ。姫君は、はなばなと誇りかに、見ても飽く世なく、あたりにもこぼれ散る愛敬など、今より似るものなくものし給ひける。




<現代語訳>

 お子さまたちの御容貌が、どちらもすぐれておられる様子は、まったく同じ顔とばかり見えて、取り違えてしまいそうであられた。同じところであったら具合悪かっただろうに、別々の場所で成長なさるのは、ほんとうによいことであった。
 だいたいはまったく同じものと見えるお顔立ちが、若君の方は、上品で匂うような高貴さを持ち、優美な点が加わってお見えである。姫君の方は、華やかで元気に満ち、いくら見ても見飽きせず、周囲にこぼれ散るようなかわいらしさなどは、今から類がないほどであられたという。