『おくのほそ道』 「平泉」 (高寺康仁)
※本文ならびに現代語訳は、「新訂おくのほそ道」(潁原退蔵、尾形仂、訳注・角川文庫)より引用しました。
また、括弧内はこちらで補いました。
<本文>
夏草や兵(つわもの)どもが夢の跡
卯の花に兼房見ゆる白毛かな 曾良
かねて耳驚かしたる二堂開帳す。経堂は三将の像を残し、光堂は三代の棺を納め、三尊の仏を安置す。 七宝散り失せて、珠の扉風に破り、金の柱霜雪に朽ちて、すでに頽廃空虚の叢となるべきを、四面新たに 囲みて、甍を覆ひて風雨を凌ぎ、しばらく千歳の記念(かたみ)とはなれり。
五月雨の降り残してや光堂
<現代語訳>
(発句解釈:「夏草や……」)往年、義経以下の勇士たちが、功名の夢をいだいて奮戦し、はかなくも一場の 夢と消えた廃墟。その廃墟の上に、生えては枯れ、枯れては生えて、今眼前に茫々とおい茂る夏草は、 人生の刹那の興亡と悠久の夢とを象徴しているかのようだ。
(発句解釈:「卯の花に……」)おりからまっ白く咲き乱れている卯の花をながめていると、その白く 咲き乱れた花の中から、義経悲劇の最後を飾った兼房の姿を彷彿として浮かんでくる。あの、まっ白 にふり乱した彼の白髪が。
かねがねその壮麗さを話に聞いて驚嘆していた中尊寺の二堂を開帳する。経堂は清衡・基衡・秀衡 の三将の像をとどめ、光堂は右三代の人々の棺を納め、弥陀三尊の仏像を安置している。かつて内陣を 絢爛と荘厳した七宝も散りうせて、珠玉を鏤めた扉は多年の風にさらわれて損壊し、金色の巻き柱は 積年の霜雪のために腐朽して、もう少しのところでくずれすたれ、むなしい廃墟の草原となるはずの ところを、堂の四面を新たに囲み、上から屋根を覆って、風雨を防いである。こうして、はかない 現世におけるかりそめの間ながら、なお千古の記念とはなっている次第だ。
(発句解釈:「五月雨の……」)この寺の建てられて以後、五百年にわたって年々降りつづけてきた 五月雨も、ここだけは降り残してであろうか、今、五月雨けむる空のもとで、光堂は燦然と輝き、 かつての栄光を偲ばせていることだ。