ネズミと一緒に過ごしてみて思うこと。
それは彼が不思議とぼくのことを良く知っているということだ。
ぼくが初めて彼に会ったのは、5年前の嵐の日……。
ケガをした彼を助けたのが全ての始まりだった。
あの時の彼は、まるで手負いの獣のような勢いで、
ぼくの喉元めがけて襲い掛かってきた。
誰も信用しない。誰にも頼らない。
孤高の人生を生き抜いてきた冷たい眼差し。
その真っ直ぐで透明な瞳に、ぼくは一瞬で惹かれた。
平穏で何不自由ない退屈な生活。
そんなぼくの日常を、ネズミはたった一夜で変えてしまったのだ。
クロノスからロストタウンへ移り住んだぼく。
あれからネズミのことを考えない日は一日もなかった。
彼はどうしているのだろう。
元気で、無事に暮らしているんだろうか。
もしかしたら、また無茶をして、ケガなんかしてなきゃいいんだけど……。
彼のことをあれこれ考え、
出逢った夜のことを何度も思い返しているぼくは、
まるで会えない恋人の事を思い悩む、冴えない彼氏のようだった。
逢いたい。
もう一度、ネズミに逢いたい……。
そう思い続けて数年間。
彼に再会できた時、ぼくにとっては命に関わる大ピンチだったはずなのに、
なぜだか心躍る自分がいたことを、キミは知っているだろうか?
ネズミがこのNo.6の外で暮らしていた5年間を、ぼくは知らない。
ぼくより小さかったはずの少年が、今はぼくより背が高いこと。
前から綺麗な顔立ちはしてたけど、より一層、飛び抜けて綺麗になっていたこと。
(…まぁ、これはぼくが勝手に想像していたとおりで、嬉しい誤算ではあったけど……)
だから、ネズミがぼくのことを色々知っているのは、
正直驚きと言うか、何か狐につままれたような感覚に陥ってしまう。
「ねぇ、ネズミ。キミはひょっとして、ぼくのことずっと監視してた?」
唐突な質問に、彼は怪訝そうな顔をして否定した。
ぼくを助けてくれたのも何もかも、全ては偶然だという。
『……ったく、お前ってやつは、何も変わってないな』
という口癖も、文字通り、ぼくが出会った頃から何にも成長していないということらしい。
「そうかなぁ?ぼくだって、だいぶ成長したつもりなんだけどな?」
そう呟いて、肩先で不思議そうな泣き声を出すハムレットを優しく撫でる。
「チチッ……チ、チチッ」
ハムレットが部屋の隅に向かって何やら小さな泣き声を放つと、
いつの間にか目の前に灰色の子ネズミが顔を出す。
「やぁ、キミは初めてお目にかかる子だね?
ハムレットの友達かい?」
言いながら、子ネズミの頭を撫でてやる。
───すると。
「キー、チチチッ!」
子ネズミが一声高く叫び声を上げたかと思うと、
突然部屋の壁に向かって、目から何やら映像を映し出した。
「えっ? キミはマイクロロボットなの?
……って、えぇっ?」
子ネズミが映し出した先には、何故か幼い頃の自分の姿が映し出されている。
これは……ぼくがクロノスを追放されて直ぐの頃。
あ、これは新居に移り住んで、母さんがパン屋を始めようとした頃だ。
あろうことか、そこには、自分がネズミと別れて間も無い頃から今に至るまで、、
包み隠さず何もかもが映像として記録されていた。
「ちょ、ちょっと待ってよ!
……てことは、ネズミはこの映像を全部見てるのっ?」
どうりで、ネズミが自分のことを、何から何まで知っているはずだ。
確かにVCである彼を助けた事で、ぼくに対して市の監視が強化される事も、
ネズミなら知っていただろう。
だから、ぼくのことを心配して、こうしてマイクロロボットに
定期的に映像を記録させていたというのも頷ける。
だが、自分は彼がこの西ブロックでどんな生活をしていたのか、何も知らない。
イヴという名で舞台に立っていることも、
あまり誉められないであろう、裏の仕事をしているだろうという事も、
一番知りたいと思っているかれのことを、
ぼくは何も知らないのだ。
「……ずるいよ。ネズミだけ……」
ふと、そんな台詞が口をついて出ていた。
ぼくだって彼のことをもっと知りたい。
大好きなネズミのことを、もっと、もっと知りたいんだ。
壁に映し出される映像を黙って眺めながら、そんな風に思っていると、
次の瞬間、思ってもいなかった映像が映し出される。
ロストタウンの自分の部屋。
月明かりだけが部屋を薄暗く照らす真夜中に、
誰か見覚えのある人影が部屋の中へと侵入してくる。
ぼくはすっかり寝入っていて、その侵入者の存在に気付いても居ないようだ。
────すると。
「えっ?!」
あろうことか、侵入者は寝息を立てているぼくの顔をそっと覗き込み、
黙ってキスをしたのだ。
「し、知らないよっ!
なんで、ネズミがぼくの部屋に居たの?
でもって、キ、キスなんてっ!」
そう。
見知らぬ侵入者とは、紛れも無く、今自分がいるこの部屋の主…ネズミだった。
「チェッ。見ちまったのか……」
「……えっ?」
気付くと、自分の背後にいつの間にかネズミが立っている。
「ちょっ、これっ、どういうことなのさ?」
「どういうことも何も、見たまんまだが?」
「なっ、なんで黙ってたんだよ! ずっとぼくのこと見てたんなら、
見てたって、ちゃんと話してくれれば良かっただろ?
そ、それにっ……キ、キス……なんて……」
動揺するぼくを余所に、ネズミは至って冷静で、
映像が流れる壁を背に、今度はこちらを黙って見つめ返す。
「じゃあ、何か? おれがこの5年間、
ずっとお前のストーカーしてましたってでも話せってか?
おまけに、ちょくちょくこうして逢いに行ってた。
キスぐらいまだマシさ。お前は知らないだろうが、
もっと凄い事だってしたことあるぜ?」
「……なっ!」
あまりの告白に二の句が継げない。
自分が時折彼の夢を見て、その甘い余韻に浸っていたのは、
もしかしたらもしかして、夢ではなく、全部本当の事だったのだろうか。
ぼくは真っ赤になってその場に硬直してしまった。
でも、次に自分の口から出た言葉は、思ってもいない台詞だった。
「……ずるい。
ぼくは全部夢だと思ってた。
自分のよこしまな欲望が見せてる、叶う事のない夢だとばかり思ってたのに……。
ぼくだけがちゃんと覚えてないなんて……不公平だ」
まるで何かを強請るような瞳に絆されたのか、
ネズミが黙って近寄ってきては、ぼくの頬に優しく触れる。
「いいのか?
これから先は、もう、夢じゃ済まされないぜ?」
「……うん。
ホントはずっと現実になればいいって思ってたんだ
……だから……」
その先は、もう言葉にできなかった。
そして、今まで夢だとばかり思っていた幻は、
全て二人の『現実』になったのだった。
≪あとがき≫
紫苑目線のショートノベル……如何でしたでしょうか?
かなり甘い作品を目指したのですが、まあ、全年齢対照では
ここまでが限界かと……;;
正直、根がエロ作家なので、ネットで肝心の場面を描けないのは、
かなり辛いのですが、その分オフ本で発散させていただいてますf^_^;
甘くて甘くて、口から砂糖が出てきそうな作品を目指して……。
これからも少しずつ作品が書ければなぁ〜と思っております。